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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1631号 判決 1961年7月18日

訴控訴人、原告 東大阪信用金庫

理由

本件不動産について、昭和三一年六月二〇日大阪法務局布施出張所受付第五五五二号をもつて、権利者を被控訴人とする所有権移転請求権保全の仮登記および昭和三二年九月一四日同出張所受付第八六四九号をもつて代物弁済を原因とする被控訴人名義の所有権移転登記、ならびに昭和三二年七月一〇日同出張所受付第六三八二号をもつて、権利者を控訴人とする抵当権設定登記がそれぞれなされていることは当事者間に争いがない。

証拠を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、被控訴人は昭和三一年六月二〇日訴外鷲田仁之助に対し金二、五〇〇、〇〇〇円を弁済期同年一〇月末日利息元金一〇〇円につき日歩四銭の約定で貸与するとともに、被控訴人と右訴外人間に、同訴外人が右債務の弁済を遅滞したときは代物弁済として本件不動産の所有権を被控訴人に移転すべき旨の代物弁済の予約が成立し、これに基づいて前記受付第五五五二号の所有権移転請求権保全の仮登記手続がなされた。その後訴外鷲田は被控訴人に対し右弁済期に債務の弁済をしなかつたので、被控訴人は、本件不動産について前記受付第八六四九号所有権移転登記手続を了した。

以上の事実が認められるのであつて、右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人に対する前記所有権移転登記がなされた前後から訴外鷲田仁之助が逃亡して行方不明であることは当事者間に争いがない。そして、被控訴人が昭和三四年一二月一六日布施簡易裁判所に対し右訴外人に対する公示送達の申立をなし、同裁判所の決定により、前記貸金二、五〇〇、〇〇〇円の代物弁済として本件不動産の所有権を取得することを通知する旨の通知書が、昭和三五年一月六日から二週間同簡易裁判所および布施市役所の掲示板に掲示されたことは、控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

右公示されたところは貸金二、五〇〇、〇〇〇円の代物弁済として本件不動産の所有権を取得する旨の通知であつて、措辞必ずしも正確妥当とはいいえないが、被控訴人は訴外鷲田に対し金二、五〇〇、〇〇〇円の貸金債権と同訴外人が右貸金債務の履行を怠つた場合には本件不動産について代物弁済の予約完結権を有するのであるから、右通知の趣旨とするところは、被控訴人の訴外鷲田に対する右代物弁済の予約完結権の行使としての予約完結の意思表示と認められるのである。右公示による代物弁済の予約完結の意思表示は、民法第九七条の二によつて、特段の事情の認められない。本件においては、掲示を始めた昭和三五年一月六日から二週間後の同月二〇日の経過とともに訴外鷲田に到達したものとみなされる。したがつて、これにより、それ以後被控訴人は本件不動産の所有権を取得したものと認めるのが相当である。

控訴人は、代物弁済予約の完結の意思表示は、その意思表示の相手方に対する訴または訴訟係属中における民事訴訟法に規定する公示送達の方法によるならば格別、訴または訴訟係属の前提要件を欠く公示の方法によつては有効にこれをなすことができない旨抗争する。しかしながら右は理由なき独自の見解であつて、民法の規定する公示による意思表示は公示送達に関する民事訴訟法の規定に従い掲示されるものであるが、民事訴訟法に規定する公示送達の場合と異なり、意思表示の相手方に対する訴または訴訟係属中であることをその要件とするものではないといわなければならない。すなわち、民事訴訟法は当事者の住所居所その他送達をなすべき場所が知れない等の場合に書類の送達をなす方法として公示送達によることができる旨規定し(同法第一七八条)、公示送達の方法(同法第一七九条)、公示送達の効力発生時間(同法第一八〇条)等につき規定している。これとは別に、民法は、相手方不明または相手方の所在不明の場合に意思表示をなす方法として第九七条の二において「公示の方法」という手続を認め、その具体的方法、公法による意思表示の到達時期、右手続をすべき管轄裁判所、費用の予納等について規定を設けているのである。民事訴訟法に規定された公示送達は民事裁判権にもとづく公権的行為としての送達の一種である。これに対し、民法に規定されている公示の方法は、訴訟外において表意者が私法上の意思表示をする必要があるにかかわらず相手方の所在不明等の事由のため意思表示をすることができない場合のやむをえない不便の除去方法として認められた私的自治の補充制度である。右両者の手続構造等を比較すると、まず、民事訴訟法の規定する公示送達は、事件の係属する裁判所にその申立をなすべきものであるが(民事訴訟法第一七八条一項)、民法の規定する公示の方法は同法第九七条の二の四項に定める簡易裁判所にその申立をなすべきものであるし、その他若干の差異の存することが規定上明らかである。さらに両者は要件欠缺の場合の効果についても異なるものがある。公示による意思表示は表意者が相手方を知らずまたは相手方の所在を知らないことについて過失があつたときは到達の効力を生じないとされている(民法第九七条の二第三項但し書)。民事訴訟法における公示送達は、その許されるための要件を申立人において立証することを要するが、裁判長の許可に基づいてなされたものである以上(民事訴訟法第一七八条)、その申立をなすにつき、申立人に過失があつたとしてもそのために公示送達が無効になることはない(昭和一〇年一二月二六日大審院判決、民集一四巻二四号二一二九頁)。両者は、このようにその性質、目的、要件、効果等を異にするのであつて、民法による公示の手続は性質上非訟事件手続に属すると解すべきであるから、別段の規定がない限りこれについて非訟事件手続法の適用があるわけである。ところが、民法第九七条の二の第二項は「前項の公示は公示送達に関する民事訴訟法の規定に従い裁判所の掲示場に掲示し云々」と規定している。これは公示の方法につき民事訴訟法に規定した公示送達の方法と同様の方法に従うのが相当である部分につきこれによらせる旨を規定したものである。その結果、公示の方法としての掲示の事務は裁判所書記官がこれを取り扱い(民事訴訟法第一六一条一項)、裁判所書記官が当該意思表示の記載ある書類を保管しかついつでもこれを交付するという趣旨のことを裁判所の掲示場に掲示し(同法第一七九官報および新聞紙に掲載するのは裁判所が書記官に命じてその手続をなさしめる(同法条二項)ことになる。前記民法第九七条二項にいう「民事訴訟法の規定に従い」とは右の趣旨に解すべく、民法の公示の方法も訴または訴訟係属中でなければその手続を行なうことができないことを前提として規定したものと解することは全然できない。他に訴または訴訟係属中であることを公示の方法の要件とした規定はなく、理論的にもこれを必要とすべきなんらの根拠がない。また民法第九七条の二第一項にいう「意思表示」については法文上なんらの制限規定がないから、代物弁済予約の完結の意思表示について右法条の適用を排除すべき理由はない。

次に、控訴人は右代物弁済の予約完結の意思表示は被控訴人が代物弁済を原因とする所有権移転登記をしたのちになされたものであるから、右登記は無効である旨を主張するので考える。右代物弁済を原因とする所有権移転登記がなされ当時においては、被控訴人と訴外鷲田仁之助との間では代物弁済が未だなされていなかつたのであるから、右登記は登記原因を欠く無効のものといわなければならない。しかしながらその後被控訴人は右訴外人に対し前記のとおり公示の方法で適法に右代物弁済の予約の完結の意思表示をし、それが同訴外人に到達したものとみなされる日以後は、これにより、被控訴人は本件不動産の所有権者となつたのであるから、さきになされた右所有権移転登記は同日以後実体上の権利関係に合致するに至つたものであつて、結局右登記は有効というほかはない。控訴人の右主張は理由がない。

そして右登記は昭和三一年六月二〇日になされた。所有権移転請求権保全の仮登記の本登記と認められるから、右本登記の順位は仮登記の順位によるべきことはもちろんである。そうすると、右仮登記後になされた、被控訴人を権利者とする前記所有権移転請求権保全仮登記および抵当権設定登記は被控訴人に対抗することができないから、控訴人は被控訴人に対し右各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるものというべきである。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当である。

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